(毎日 3月20日)
理系白書シンポジウム「世界をリードする独創的な人材育成」
(毎日新聞社主催、ブラザー工業協賛)が、東京と大阪で開催。
(コーディネーター:元村有希子・毎日新聞科学環境部記者)
◆東京会場
元村 「独創的な人材」について議論したい。
安友 入社当時の直属の上司は、
「10人中8人が反対するテーマしかやるな」と言う人。
8人が賛成するテーマは陳腐化するから、
誰も気づかないテーマを徹底的にやれということ。
江口 インクスの新人研修は独創的な人材を育てる狙い。
山田眞次郎社長の方針は「任せる」。
指示しなくても、新人は新しい部品の規格化やデザインなど、
自分なりのテーマを見つける。「お題」を与えないことで充実した時間に。
元村 「独創をはぐくむ環境」として多様性は重要だが、
企業社会は放っておくと男性ばかりになってしまう。
束村 狩猟時代には筋骨隆々の男が重宝だったかもしれないが、
今は指一本で大きな機械を動かせる。
男女差より個人の能力を見極めることが必要。
科学分野の女性比率は日本が11・9%、米国は32%。
大学進学率は大きく変わらないのに、人材を無駄にしていないか?
西川 日本では出身校の大学院に進む傾向が強く、
留学生の受け入れにも消極的。
均質さが好きなのか、「出る杭は打たれる」雰囲気はあると思う。
元村 独創にスピードは大切?
安友 自分が独創的だと思っても、同じことを考えている人は世の中に10人はいる。
通信カラオケの場合、92年に発表したらライバル社が1カ月後に追随。
開発作業は同時進行だったと思う。
元村 アインシュタインの相対性理論が約70年後、カーナビに応用された。
そういう時間感覚は企業では難しい。
西川 大学や国立研究所でも最近は任期付きの研究者が増えている。
2~3年で結果を出さないと次の職がない。
元村 トップは新しいことに保守的になりがちだが、若い人の情熱は十分か?
江口 私は新人研修の時の提案がプロジェクトになった経験がある。
工場を見て回って改善策を出したら「面白いから、明日からやってよ」と。
私にとっては大きな成功体験。
安友 若手は必死になって事業計画を持ってくる。
しかし上のレベルでもたもたしていると、やる気がしぼむ。
経営者の役割は若い人に使命を与え、結果を出し、意思決定すること。
(質問) インクスのように無人化を進めるなど「人は消費するもの」という
雰囲気は、若い人を育てる立場としてはさびしいのだが。
江口 やり方が決まっている仕事で独創性を入れると、
品質が落ちたり迷った結果のミスが起きる。
だからベテランの仕事で肩代わりできるところはパソコンで制御し、
生まれた余裕を独創的なことに使う。
社会は複雑になり、考えなければいけないことは山ほどある。
その時間をたくさん確保したい。
(質問) 少子化対策は男女とも残業をゼロにすることが最大の特効策と思うが。
束村 残業したくない人はしなくてもいい多様な社会にすれば、子どもは増える。
女性労働力率が高くても、出生率が高い国もある。
日本は逆。育児支援制度が未熟だからだ。
ある調査では、育児休暇を「取りたい」男性は10人中7人だが、
実際「取った」人は1000人中3人。
(質問) この春大学生になる。「ここなら独創性がつぶされない」という
環境はどう選べばいいのか。
束村 大脳で考えないことが重要。「好き」かどうか。
気持ちに素直に従うことが成功の秘けつ。
「こういう必要がある」と理屈をこねてもうまくいかない。
元村 最後に独創のキーワードを。
安友 「オリジナリティー」「スピード」「とりあえず始める勇気」。
これまで十いくつ事業をやって、成功したのは3割ぐらい。
結構失敗もしているが、クビになっても命まではとられない。
軽い気持ちで始めればいい。
西川 「自由」と「摩擦」。
異なるいろんな人同士の摩擦から新しいことは生まれる。
江口 「任せる」「見守る」「異質との出会い」。
男性と女性、先輩と後輩、文系と理系のコミュニケーションが必要。
◇ものづくりに革命を--江口幹・インクスコンサルティンググループシニアコンサルタント
経済の復調の背後には、熾烈な競争がある。
携帯電話は、発売から3カ月で販売台数が3分の1に。
自動車は、8カ月で2分の1。短期での開発と技能継承が課題。
インクスは90年創業の金型メーカーで、平均年齢27.8歳という若い会社。
団塊世代のノウハウを徹底的に分析し、他人にもできることを突き詰めると、
ベテランにしかできない仕事は10%。
これらをもとに、これまで62社の工期を平均65%短縮。
また、昨年には「零工場」という新工場も作った。
従来、金型は職人が1個ずつ手作りしていたが、
「零工場」ではロボットが作る。
ものづくりに革命を起こしたい。
人材育成では「飛び抜けた目標に取り組むことを楽しみ、
新しい発想を生み出す人材に育てる」が目標。
入社2カ月目で自動車を解体させ、2万の部品をネジ1本まで観察。
まず、やらせてみることが独創的な人材育成のきっかけに。
◇「目利き」育成も重要--西川拓・毎日新聞東京本社科学環境部記者
昨年、「理系白書」で日本の科学技術戦略を取り上げた際に
取材した元文部官僚の重藤学二さんが印象に。
02年にノーベル賞受賞した小柴昌俊・東大特別栄誉教授を支援した人。
小柴先生が超新星爆発のニュートリノをとらえた「カミオカンデ」を建設する際、
実は施設整備費名目の申請を忘れた。
そのままでは大型の土木工事はできなかったが、
重藤さんが東大経理部を説得して申請を出させ、建設にこぎつけたという。
元々、別の目的で作られたカミオカンデをニュートリノ検出に利用したのは
小柴先生の「独創」だっただろうが、重藤さんの後押しがなければ、
超新星爆発に間に合わなかったかもしれない。
科学が複雑化、専門化した現在、個人の独創だけでは形にならないことが多い。
独創を評価し、支えることのできる「目利き」を育てることも重要だと思う。
◇女性を生かし活性化--束村博子・名古屋大大学院生命農学研究科助教授
日本の女性エンパワー指標は、80カ国中43位と先進諸国の中でも極端に低い
(国連開発計画、05年)。
ヒトの生物学的な性は、基本形は女。
受精卵に偶然Y染色体が入れば男になる。
主に生殖にかかわる機能が違うが、その他は大差ない。
人としての価値にむろん性差はない。
脳の性差には一定の科学的根拠がある。
機能では男性が空間認知、女性は言語刺激への反応が活発だが、
知能指数に性差はない。ただ、これらは平均値の話。
平均でみると「男性は背が高い」が、個人で見ると女性より背が低い男性はいる。
仕事における資質も同様で、個人と平均値の問題を混同しないことが重要。
独創的な人材も「個」を認めることから育つ。
経済活動の半分以上は女性が担う。
女性を生かす会社は利益率も高い。
女性が働きやすい会社は男性にも働きやすいだろう。
女性を多く登用し能力を平均値として生かせば、社会は活性化するはず。
◆基調講演
藤嶋昭・神奈川科学技術アカデミー理事長
近年、光触媒を利用した技術が普及してきた。
中部国際空港ビルのガラスには酸化チタンがコーティングされており、汚れず曇らない。
私が酸化チタンに出合ったのは大学院修士1年の時。
当時、ドイツの研究者が酸化亜鉛に光を当てると酸素ができるという実験。
その実験では結晶が溶けてしまうが、硬い酸化チタンなら溶けないと思った。
やってみると、実際に水が分解されて酸素ができた。
光を当てて酸素が出る反応は光合成と同じ。
生命にとって一番大事な反応を再現でき、感動した。
指導してくれた本多健一先生(当時助教授)と72年に連名で論文を発表。
石油ショックと重なり、海外の研究者は(酸化チタンの反対側の白金電極から)
水素が出ることに注目。
大学の屋上で1平方メートルの酸化チタンを太陽に当てたら、
1日で7リットルの水素が採れた。
しかし、7リットルの水素は燃やすと一瞬。
エネルギー源としての利用は、効率が悪い。環境問題に応用しようと発想を転換。
着目したのは殺菌効果。
タイルに酸化チタンをコーティングして光を当てると、大腸菌などを殺菌。
手術室の壁タイルに使うと、消毒しなくても空気中の菌までなくなった。
また、高速道路の照明は排ガスや油で汚れて清掃が大変だったが、
カバーガラスを酸化チタンでコーティングしたら、汚れなくなった。
さらに、酸化チタンは水になじみやすいので、水滴ができない。
車のサイドミラーなどに応用。
光触媒分野は、日本の競争力が世界でも上位と評価。
最終的には3兆円市場になるとの予測も。
可視光で反応して室内で使える新材料の開発がポイント。
研究にはセンスが必要。
ひらめきがあり、独創性を持つと同時に、融通性があることも大切。
予想通りにいかないことの中にこそ、大魚がいるかもしれない。
それに思い至ることが必要。
研究を成功させる要件は、金、人、雰囲気。
研究費はある程度あればいい。それよりも人。もっと大事なのは、
その集団が持つ雰囲気。
道元の「正法眼蔵」にある、
「霧の中を歩めば、覚えざるに衣湿る」という言葉が示すように、
素晴らしい業績はそれをはぐくむ雰囲気から生まれる。
さらに「プラスα」が必要。
研究の欠点を補うもう一工夫があって初めて形に。
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<基調講演>藤嶋昭・神奈川科学技術アカデミー理事長
<パネリスト>江口幹・インクスコンサルティンググループシニアコンサルタント、
束村博子・名古屋大大学院助教授、
安友雄一・ブラザー工業プリンシパル、
西川拓・毎日新聞記者東京会場
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◇えぐち・たかし
東京大大学院総合文化研究科(広域科学専攻)修士課程修了。
03年インクスに入社。
複数の自動車部品メーカーの工程分析や効率化のコンサルティング。
◇にしかわ・たく
東北大大学院理学研究科(地球物理学専攻)修士課程修了。
93年、毎日新聞入社。佐世保支局などを経て03年10月から科学環境部。
原子力、先端技術を担当。
◇つかむら・ひろこ
名古屋大大学院博士課程修了。農学博士。98年から現職。
専門は生殖科学、神経内分泌学。06年から名古屋大男女共同参画室長。
◇ふじしま・あきら
71年、東京大大学院工学系研究科修了。
神奈川大講師、東京大教授を経て、03年から現職。東京大特別栄誉教授。
大学院生だった67年、酸化チタンに光を当てると水が分解される
「光触媒反応」を発見。専門は光電気化学。
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/rikei/news/20070320ddm010040087000c.html